出会い、助言、シグナル。

思えば僕は昔から先生との出会いに恵まれていた。

小学3年の担任の先生。
中学三年間を僕を気にかけずっと受け持ってくれた先生。
そして高校は二人の先生が僕の進路を変えてくれた。

前回オガサマ日記で書いた、
高校の落成記念式典で見た演劇部の公演が、
その当時演劇はつまらないものと思っていた僕の価値観を
180度ひっくり返してくれた。

その次の週には演劇部を訪ね、見学させてもらう事に。
それからは新体操部と演劇部の掛け持ち。
でも長くは続かず、年が明けて初舞台を踏んだ後、
新体操部を退部した。

今でも夢に見る退部した事を謝る夢を。
だから必ずあの日の約束は果たさないといけない。

そして高2になり、僕が入り部員が四人になり、
それまで同好会だったのが正式に演劇部になった。

でも四人で一体何をするのか?
そこで顧問の加藤先生が持って来てくれた本が、
『熱海殺人事件』だった。

最初はダサい名前だなぁ、と思った。
友達に推理小説好きな奴がいたが、
僕はもっと身体を動かせる様な躍動感ある作品がやりたいのなぁ、
と思っていた。
でも暇な部活なので、
とりあえず加藤先生と相曽先生が二人で僕らに読み聞かせてくれた。

正直意味がわからなかった。

でもなんか、よくわからないけど面白かったなぁみたいな感覚だけ残った。

今度は自分達が読む。
相変わらず意味がよくわからないけど、やってる方が面白い。

それから部員約四人の部活は熱海が定番になった。

その頃僕は舞台中継のテレビを録画しまくって見るようになる。
BS2の深夜劇場はとても有難い番組だった。
その当時一番好きだったのが、
G2プロデュースの主演大倉孝二版の
『ダブリンの鐘つきカビ人間』だった。

何度も見た。中山祐一朗さんの長台詞を覚えて休み時間に叫んでた。
今思うと相当頭がおかしかったんだと思う。

時は一気に飛んで卒業。
工業高校なので、ほとんどが就職、
そして工業系の大学に進学していく中
学年で自分だけが進路が決まっていなかった。

僕は東京に行けば小劇場という世界がある事を知り、
とりあえず卒業したらあてもなくその世界に入ろうと
漠然と思っていた。

加藤先生に怒られた。
『東京行って芝居やりたいのならちゃんとした養成所を受けなさい』と。

そして指南されたのが、北区つかこうへい劇団。
ホームページを見た。
太った人が叫んでる写真があった。正直あまり惹かれなかった(笑)
なんか体育会系の匂いがプンプンして、僕はゲンナリしたが、
一応受ける事にした。

案の定オーディションでアホみたいに筋トレを強いられ踊らされ
僕は後悔した。『…頼む受からないでくれ』心の中で本気で思った。

約一週間後、合格通知が来た。

気づくと次の月には田端に住んでいた…

本当に人生は出会いの積み重ねだなぁとつくづく思う。
あの時加藤先生に助言を受けなければ
間違いなく違う道を進んでいたと思う。

誰かが僕に言ってくれた。
道を逸れそうになると誰かが元の道へ戻してくれるって。

人との出会い、助言、シグナル。
大切にしたいものです。